大倉山、最後の夜。
かねてから気になっていたバーで、酒を傾けることにした。
バーグローリー。
金曜日ということもあって、カウンターは多くの人で溢れ、それぞれの時間を過ごしていた。還暦を過ぎたほどだろうか、店主と思われる男性が空いている席に案内してくれた。
(バーならウイスキーだな)
もたついて恥をかかない様に、初めから決めていた。壁一面を埋め尽くすボトル、ウイスキーも数多く肩を並べていたが、おしゃれな文字で書かれた名前はよく分からなかったので、正面の席にあった白州をロックで頼むことにした。
漢字は読みやすくていい、安心感に包まれる。
「シングルで」
意味も良くもわからずバーテンへ告げる。バーテンの年齢は30半ば程だろうか。
「あの、飲み方は…」
「あ、ロックで」
焦りは表に出さずに即座に告げる。ポーカーフェイスは大人の男の嗜みだ。
この街で過ごしたのは、わずか1年半程だろうか。数々の思い出が、走馬灯の様に目に浮かぶ。この一週間は思い出を辿るように、愛用した店に顔を出した。ほとんどラーメン屋だ。
しかし最後の夜が、初めての店というのも悪くない。店の中で楽しそうに言葉を交わす大人たちは、誰も自分の事を知らない。明日から、知る人がいない街で暮らし始める。これからの生活を予感させる時間だ。
グラスが空く頃、カウンターの中にいるオールバックのスタッフが女性だと気づいた。22歳くらいだろうか。何故、店員の年齢ばかりを気にしているのだろうか。
会計を済ませ、これはブログに載せられるなと思い、店の前で写真を撮り、帰路に着いた。
この街で、数々の夜を過ごし、酒に身をゆだねた事も少なくないが、街そのものを思って飲んだことはなかったな。
今夜だけは、大倉山に乾杯。